閉店とは?/ ノーローン
[ 15] 商業施設閉店
[引用サイト] http://www1.seaple.ne.jp/ssms/s_note1-4.htm
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ここでは、諸事情により閉店になってしまった商業施設を紹介しています。あくまでも管理人の独断により、思い出として記録しておきたいために公開しているページです。かなりマイナーな商業施設も含まれていることをご了承願います。 当ページの更新は終了しております。現在の商業施設の閉店情報、及び閉店記録は「SS雑記ブログ」のほうへ掲載中ですので、そちらをご覧いただきますようお願いいたします。 :地図上に対象となる商業施設が表示されない場合もありますが、地図のほぼ中央に表示される赤十字マークが対象施設の位置になるように設定されています。 :このページよりリンクされている地図は、もっとも詳細な縮尺に設定してあります。各施設周辺の広域地図をご覧になりたい場合は、地図表示後に縮尺の切り替えを行ってください。 平成2年4月18日、京成本線志津駅前にオープンした東武グループの「しづマイン」ですが、残念ながら平成17年6月30日をもって閉鎖されてしまいました。駅の改札と通路で直結されており、駐車場もわりと広くとられているなど、とても便利なSCで、利用客もそれほど少ない感じはしなかっただけに、閉鎖されることを知ったときはちょっと意外でした。一足先にゲームコーナーやマインシアター、飲食店街があった4階フロア全体が閉鎖されていたものの、一時は改装中という札が立っていたこともあって、4階がどのようにリニューアルされるのか楽しみにしていました。しかし、そのまま改装されることもなく、おまけにストア全体が閉鎖されてしまったことは本当に残念です。ただし、一部の専門店街は引き続き営業されている模様です。今後、東武ストアだった部分に何かがオープンすることを願うばかりです。 「イトーヨーカドー八幡宿店」が平成17年4月17日をもって閉鎖されてしまいました。内房線沿線には、この八幡宿、そして五井、姉崎と3駅連続でヨーカドーがあり、そのなかでも八幡宿店はオープンから21年とそれほど古くはないのですが、平成17年4月27日オープンの蘇我店からもっとも近いヨーカドーのため、商圏がかぶることなどから閉店になったものと思われます。千葉県内では、ここ数年でイオンとともにヨーカドーが次々とオープンしている感がありますが、ヨーカドーの場合たとえば臼井店オープンの際は志津店が、幕張店のオープンでは稲毛店が、さらに単体では野田店や長沼店といったように閉鎖された店舗も結構あるので、トータルの店舗数がそれほど増えているわけではありません。 ちなみに、この八幡宿店はオープン当初「ユニディ」というホームセンターを併設していましたが、その後ユニディの撤退と同時に改装され、ユニディだった部分に食品売場が移るなどにより、ヨーカドーの売場面積が拡大されました。また、しばらく行ってなかったので気付きませんでしたが、2階には管理人お気に入りのレストランがあり、何度か利用したことがあったものの、ヨーカドーが閉店になる直前の状況からすると、すでになくなっていたものと思われます。 この八幡宿店のすぐ近くでは、以前に「ダイエー市原店」が閉鎖されており、管理人はこちらの閉店セールにも行ったことが思い出されますが、その当時はまさか数年後にヨーカドーまでもが閉鎖されてしまうなど考えられなかったことです。大型スーパーの相次ぐ撤退により、この地域がちょっと寂しくなってしまったような気がして残念です。 平成17年3月21日をもって閉鎖された「イトーヨーカドー四街道店」の旧店舗です。昭和52年4月26日の開店以来、およそ28年間に渡って営業されてきましたが、東側500mほどの場所に建設された新店舗に移転のため、その営業が幕を閉じることになりました。今後、この施設がどうなるのかは今のところ確認できていません。なお、新店舗のオープンは3月30日でしたので、8日間のブランクが発生しています。 このダイエーは、昭和56年4月2日の「船橋ららぽーと」オープン当初から「ダイエーららぽーと店」として営業され、しばらくはほかのダイエーと同じような形態のごく普通の店舗でしたが、90年代後半から業績不振が続き、平成11(1999)年1月28日にはディスカウントストアに業態転換し、「Kou'Sららぽーと店」として再出発しました。しかし、これが会員制スーパーということで一般の客は入れなくなってしまったため、ますます客足が遠のいてしまい、そのうち会員以外でも買物ができるようになりましたが、商品が飛びっきり安いというわけでもなかったので、管理人は買物をした記憶がありません。そして、平成14(2002)年4月には「ダイエーららぽーとイースト店」としてふたたび業態転換され、専門店中心の形態ではあるものの「ダイエー」の店名が戻りつつ営業されていましたが、やはり業績の回復は見込めなかったようです。 TOKYO−BAYららぽーとからは、ダイエーと同じく核店舗的存在として当初から西側で営業されてきた百貨店の「そごう」が撤退して久しく、今回のダイエーの撤退により、SSにとってはオープン当初から続いてきた船橋ららぽーとの形態そのものが、ほぼ崩壊してしまったような気さえしてきます。 業態転換を繰り返しながらも、一応ららぽーとオープン当初からほぼ23年間に渡り営業されてきたダイエー閉店直後の様子。。。 管理人SSもなかなか気がつかなかったのですが、「西友幕張店」が平成15年9月30日をもって閉店されてしまいました。この西友は国道14号線沿いの幕張西地区にあり、かろうじて最寄りの駅といえる幕張本郷からはやや離れているため、地元以外の人にはあまり知られていないものと思われますが、付近には大型の団地や住宅が多く、ちょっとした買物にかなり重宝されていたのではないでしょうか?店舗は1階のみ平屋建ての小型店で、食品のほかに以前は雑貨や衣料なども扱っていましたが、最近では食品と100円ショップの「キャン★ドゥ」が中心となっていました。 SSは平成15年の暮になってようやく閉鎖になったことを知りとても驚きましたが、これも海浜幕張周辺や同じ14号線沿いの幕張地区に次々とオープンした大型商業施設の影響によるものでしょうか。それにしても、同じ影響で平成13年3月末に閉鎖された習志野市のVIVA50もそうでしたが、このように気軽に利用できる雰囲気の商業施設が身近な場所から減ってしまうのは残念でなりません。この施設が開店した時期は定かではありませんが、SSの記憶では昭和50年代前半以前であると思われ、また一つ、昔から営業されてきてSSもよく利用していた商業施設が消えてしまいました。 千葉県内においては、平成15年2月の長沼店に引き続き、もう一つのイトーヨーカドーが閉店されてしまいました。東武野田線の愛宕駅前にある野田店が、平成15年6月15日をもって閉鎖された模様です。このヨーカドーは、昭和45年7月に千葉県内で初めてオープンした店舗で、規模はあまり大きくありませんが、古くからあるヨーカドーの形態を残した貴重な店舗でした。ヨーカドーが県内に初めて建設した店舗が、なぜほかに比べると人口が少なかったと思える野田だったのかは謎ですが、現在では人口も増大し、近くには結構大きなジャスコノア店もできて、その影響や老朽化が閉鎖の理由だったのではないでしょうか。なお、この店舗の閉鎖により、千葉県内でもっとも古くからあって現在でも営業されているヨーカドーは、昭和46年4月に開店した「柏店」ということになりました。 千葉県内でもっとも歴史のあるイトーヨーカドー野田店が残念ながら閉鎖されてしまった。なお、管理人SSはこの画像を撮影した日に初めて野田店へ行ったことになり、しかもそれが最初で最後となってしまった。【平成15年3月中旬撮影】 このグリーンクロスは、平成になってからオープンした比較的新しいSCで「イトーヨードー長沼店」がメインとなっていました。そんな新しいSCながら、SSはかなり以前より閉店の噂を耳にしていました。平成12年には近くに巨大なダイエーがオープンし、ますます閉店の噂が濃厚になったものの、それからもしばらく営業は続けられていましたが、ついに平成15年2月2日をもって閉店されてしまいました。ヨーカドーは、老朽化に伴う店舗の閉鎖、あるいは移転新築などによる旧店舗の閉鎖はよくあるものの、この長沼店のようにまだ新しい店舗を閉鎖させてしまったのはきわめてめずらしいといえるでしょう。一時は、やはり近くにオープンしたダイエーの影響による閉鎖かと思われました。しかし、ダイエーについてはとくに平日は空いている印象を受ける一方で、むしろヨーカドーの方が賑わっていた感じなので、そういった影響ではなく、一説によると土地の権利関係といった複雑な問題により閉店になってしまったようです。業績は悪くないのに閉店になってしまったとしたら、それはとても残念なことです。 ダイエーグループの「ディー・ハイパーマート」として、平成7年5月31日に酒々井町本佐倉にオープンしました。JR成田線や京成線の駅からは離れているものの、交通量の多い国道296号線(成田街道)沿いにあり、駐車場も広々としていてクルマで行くには便利な商業施設だったと思われますが、平成14年度ダイエー閉鎖店舗の一つとなってしまいました。閉鎖になったことを考えると、来店客はあまりいなかったのではないでしょうか?SSも開店の当日こそ行ったものの、それ以降は何度もこの前の道を通りながら一度も寄ったことがなく、はじめて行ったときに「また来たい」という魅力を感じることができなかったことは事実です。それにしても、開店時に訪れたのはつい最近のことだと思っていたのに、もう閉鎖になってしまったとは・・・ ダイエー平成14年度閉鎖店舗のうちの一つである「ダイエー千葉ニュータウン店」が、残念ながら5月31日をもって閉店されてしまいました。このダイエーは、北総公団線千葉ニュータウン中央駅南口に、同沿線では当時最大級のSCとして平成3年11月27日にオープンしましたが、正式には「千葉ニュータウン中央駅前センタービル」という千葉県所有の建物であり、ダイエーがキーテナントとして営業していた商業ビルでした。一時期、同駅の北口にも、さらにスケールの大きいダイエーの建設構想がありましたが、それは断念されました。その後、平成12年9月28日になって北口に巨大な「ラーバンピア・ジャスコショッピングセンター」がオープンし、以前よりダイエー以外のスーパーが北口に進出すると、ダイエーは撤退を余儀なくされるという懸念はあったようですが、ダイエー本体の業績悪化も重なり、ついにそれが現実のものとなってしまったようです。従って、閉鎖の原因はジャスコの影響がかなり大きいと思われ、この下の「Dマート稲毛海岸店」とほぼ同じ状況であると言えるでしょう。そのDマート稲毛海岸店を含め、この5月31日だけでも、北は岩手から南は鹿児島まで、日本国内で20以上ものダイエーが一気に閉鎖(ダイエーが発表した閉鎖予定店舗が予定通り閉鎖された場合)されたことを考えると、恐ろしい限りです。 ダイエーではこれまでにも多数の店舗を閉鎖してきましたが、平成14年2月末にまたしても大量の閉鎖が発表され、千葉県内でも4店舗が対象となってしまいました。そのうちの一つが、この「Dマート稲毛海岸店」です。「忠実屋」として、お隣の「ジャスコマリンピア店」よりも前に開店した商業施設ですが、忠実屋がダイエーグループに吸収合併された際、店名は忘れてしまいましたがダイエーが経営するディスカウントストアに変わり、その後にDマートとなった記憶があります。SSはジャスコとともによく利用していましたが、かなり以前よりジャスコに比べて客が少ない印象は否めませんでした。ダイエーは同業他店(とくにイトーヨーカドーやジャスコ)が近くにあると、その影響で売り上げが伸びず閉鎖されてしまうという例がこれまでに多々ありましたが、この稲毛海岸でも隣のジャスコの影響がかなり大きかったのではないかと思われます。また、Dマートのような�爛妊�スカウントストア�瓩箸いΧ伴錣蓮∪里呂修譴覆蠅飽造�て魅力もありましたが、ほかのスーパーでも商品をかなり安い値段で提供するようになり、そのうえ衣料品や家電などを専門に扱う大型店や100円ショップがこれほど普及した今となっては安いという印象も薄くなり、ただ豊富な商品を扱っているというだけで、時代とともに魅力も活気も乏しくなってしまったのではないでしょうか?とにかく平成14年5月31日をもって、残念ながら閉鎖されてしまいました。その後、平成15年10月24日にはイオングループの「マリンピア専門館」として�猊�活�瓩靴泙靴拭� “閉店になった商業施設”にもあるとおり、平成13年10月31日に千葉中心部の「セントラルプラザ」が閉鎖されてしまいましたが、今度はその隣にある「メディアバレー」というパソコン専門店が平成14年2月24日をもって閉店となってしまいました。この商業ビルは、以前はダイエー系列の「十字屋ショッカー」というディスカウントストアでしたが、平成9年9月に同じくダイエーグループのパソコンショップとして再スタートしました。しかし、JR千葉駅から歩くにはやや距離があり、そのうえ駅から近いところにはメディアバレーで扱っている商品と同じようなものを取り揃え、全国的にもかなり人気のある「ヨドバシカメラ」が営業しているので、よほどのことがない限りメディアバレーにわざわざ足を運ぶ人はいなかったと思われます。神奈川県の町田駅前でも、ヨドバシの進出により平成13年2月28日にメディアバレー町田店が閉鎖されており、今回の千葉店の閉鎖により、「メディアバレー」という名のパソコンショップは消滅してしまったのではないでしょうか。 まだ解体の気配も感じられない閉鎖済のセントラルプラザ(右側)に隣接するメディアバレー千葉。千葉市中央区中央という場所にもかかわらず、空洞化が深刻な問題となっている。【平成14年2月中旬撮影】 中堅スーパーの長崎屋は、平成12年2月に会社更生法の適用を申請し、平成12年度内には全国でかなりの店舗が閉鎖され、とくにSSが何度か行っていた神奈川の「上大岡店」や埼玉の「大宮店」「川越店」の閉店は残念でしたが、その際には千葉県内の店舗は無事だったので安心しました。しかし、平成13年11月に再度の閉鎖計画が発表となり、全国で31店舗もの閉鎖が報じられ、その中に京成船橋駅の南側にある「船橋店」も含まれることとなってしまいました。この「長崎屋船橋店」は昭和37年にオープンということなので、平成14年には40周年を迎えようとしていた、全国的に見てもかなり歴史のあるスーパーと言えます。昭和50年代にJR船橋駅北口に「東武百貨店」や「イトーヨーカドー」ができるまでは、真向かいにあった「十字屋」や、京成線とJR線の間に今でもある「西武百貨店」とともに、船橋を代表する大型商業施設でした。十字屋はやがてディスカウントの「十字屋ショッカー」となりましたが、数年前に閉鎖されたのちは飲食店などが数店営業しているだけの建物となっており、今回の長崎屋の閉鎖により京成船橋駅の南側では、以前の「田原屋」から変わった「ダイソー」のみが唯一の大型商業施設となってしまっています。この近辺には船橋市役所もあり、人通りも多くて本来ならば船橋の中心地のはずですが・・・ なお、閉店は平成14年1月末でしたが、同じ建物の1階にある食品スーパーや呉服店などは営業継続されています。平成15年になってレストランやレンタルビデオ店,カラオケ店などがテナントとして営業を開始し、雑居ビルとなりました。 京成千葉中央駅周辺では、「扇屋ジャスコ千葉店」や「ダイエー千葉店」がすでに撤退していますが、ここでまた一つ、千葉中心街の�犂薛瓩箸靴同頁�にわたって営業されてきたショッピングセンターが消えてしまいました。 セントラルプラザは、戦後間もない昭和25年に百貨店「奈良屋」として営業を始め、昭和47年になって「奈良屋」が現在の三越の場所に「ニューナラヤ」として移転したのと同時に多数のテナントが集合した商業ビルとなり、現在の店名に変わりました。かなり昔に建設されたことを考えるときわめて近代的なビルで、中心街の�犂薛瓩箸覆辰燭里發Δ覆困韻泙垢�、21世紀を迎えた現在ではさすがに建物内外の著しい老朽化は否めず、店内は連日閑散とした状況が続いていました。 以前より閉店の噂がありながらなんとか21世紀まで営業を続けられましたが、ついに平成13年10月31日をもって閉鎖されてしまいました。歴史あるショッピングセンターなだけに、とくに開店当初から買物に行かれていた方々にとっては名残惜しいことでしょう。SSも子どものころは家族や親戚、学生のころにはそれぞれの時代の友人とともに何度も訪れ、最近でもよく行っていたので、セントラルプラザになってからの同商業ビルしか知らない世代ながら、やはり名残惜しいものです。 閉鎖後しばらくは放置されたままだった同施設ですが、平成16年5月には売却先が決まり、ついに解体されることになってしまいました。 千葉県内でもかなり歴史がある商業ビルだったが、老朽化と時代の波には勝てず、ついに閉鎖されてしまった。 平成13年になって閉店された千葉県内の「成田店」「木更津店」に続き、「ダイエー千葉店」も平成13年5月31日をもってついに閉店になってしまいました。このダイエーは平成10年12月31日にも一旦閉鎖されましたが、地元からの強い要望により、翌年6月26日にリニューアルオープンしたという経緯があり、一度消えたものは二度と戻ってこないと思っていたSSを驚かせたものでした。 しかし、それから約2年が経過して、再度の閉鎖発表にはまたまた驚かされてしまいました。地元が復活を要望しながら買い物に行かなかったのか、行っていたにもかかわらずダイエーが不採算店として閉店してしまったのか、詳しい事情はよくわかりませんが、SSが行った限りでは、復活した当日こそ大勢の買物客で混み合っていましたが、しばらくするとまた空いているという状況になっていたことは確かです。いずれにしても、今度こそは本格的な閉鎖で、復活は有り得ないものと思われます。 「ダイエー千葉店」は京成千葉中央駅南側にあり、開店したのは昭和48年とこの手のスーパーとしては比較的古く、当時はこれほど大きなスーパーがほかにはあまりなかったため、安い値段でなんでも揃うということでたくさんの買物客で賑わったものでした。SSもまだ子どものころに親に連れられクルマでよく買物に行きましたが、とくに休日ともなると駐車場はいつも満車状態で、駐車待ちのクルマが外の道路にまで及び、かなり長い列を成していたものです。しかし、この周辺にさまざまなスーパーが出店し、昨今は郊外型店舗や各専門業種店,アウトレットモールなどが注目を浴び、駅前が空洞化していく一方の中で、とくに利用客が多くない京成千葉中央駅の裏手?という立地的にも決して恵まれているとは言えない場所にあり、時代とともに客足が遠のいてしまったものと思われます。不況にあえぐダイエーが、これほど大きな店舗をほとんど地元客だけのために維持していくのは困難で、閉店もやむを得なかったものと思われます。 管理人SSも開店時からよく利用していた、習志野市の秋津地区のショッピングガーデン「VIVA50」が、平成13年3月31日をもってほとんどの店舗が閉店されてしまいました。ここは駐車場も無料で、気軽に利用できる雰囲気がとても気に入っていたので、大半の店がなくなってしまったことによりSSにとっては非常に不便になりました。 ここへきて、VIVA50の最寄駅であるJR京葉線の新習志野駅前に「メルクス」という大きな商業施設が出店し、隣の駅である海浜幕張周辺にも、「イトーヨーカドー」を初めとして「オリンピック」やアウトレットモールで話題となった「ガーデンウォーク」、そして海外からの「カルフール」や「コストコホールセール」など、短期間にほかでは例がないぐらい多数の大型店が出店し、時代の波に取り残されてしまったVIVA50のような店に行く買い物客が激減してしまい、21年間の全館営業に幕を閉じました。 これでも21年前の開店時には、最近になって出店した他店と同じように話題になって、買い物客が押しかけたものですけどね〜。20年という時間の流れと重みを痛切に感じさせられると同時に、SSにとって開店時からよく利用していた商業施設にはいろいろな思い出があり、それが一部を除いて閉店されてしまったのだからやはりさびしいものです。 閉店前日の専門店街の様子。よく大規模団地のなかにマーケットがあるが、それの現代版といった感じ・・・。 これが核店舗の「京葉マート」。内容はほとんど「マルエツ」と同じだが、弁当や調理済みの惣菜類が豊富でSSは結構重宝していた。ここが初めに撤退を決めて、他の専門店大半も閉店されることになってしまった。 大手スーパー「ダイエー」のリストラ策の一環として、成田店が平成13年2月28日をもって閉店されてしまいました。京成やJRの成田駅から徒歩圏内にあり、駐車場も広かったため、SSは電車でもクルマでもよく行きました。ちなみに、地下1階は食料品・ゲームコーナー・ミスタードーナツなどがあり、1階に婦人服、2階には紳士服や家電製品・CDショップなどがありました。 確かに最近の成田は新規出店ラッシュが続き、とくに平成12年3月、駅から離れた土屋付近にオープンした「イオン成田SC」はとても巨大で、競争力のない店は閉店を余儀なくされるという構図ができあがっていたことは事実です。しかし、イオン成田の核店舗は「ジャスコ」なので、ダイエーのすぐ近くに昔からある「ジャスコ成田店」が閉店するのかと思っていたらそれはそのまま残り、ダイエーが閉店ということになってしまいました。 同じ月には「ダイエー木更津店」や、ダイエー系列の「Dマート木更津店」も閉店され、千葉県内からダイエーがずいぶんと減ってしまいました。おまけに平成13年5月末には「ダイエー千葉店」までもが閉店になっています。 商業施設ではないのですが、「ダイエー成田店」に併設されていたダイエーグループの「ホテルセントラーザ成田」も、平成13年3月31日をもって閉館されていました。SSは宿泊したことは一度もありませんでしたが、なかにある2つのレストランがとてもお気に入りでよく利用していたので、なくなってしまったのが残念でなりません。【画像は平成13年3月下旬の撮影です】 SSがよく利用していた2つのレストランのうち、とくにお気に入りだった中華レストランの「チャイニーズテーブル」。低価格でオーダー制によるバイキングが楽しめ、味も最高!!SSにとってまさに穴場の店だった。幸いなことに、この店は千葉県内の他のホテルに移転し、営業を継続するらしい。 この画像の「忠実屋木更津店」は、JR木更津駅から離れたバイパス沿いにありましたが、ダイエーとの合併時に「Dマート木更津店」となりました。しかし、ダイエーの業績悪化によってリストラ店舗の対象となり、平成13年2月28日に駅前の「ダイエー木更津店」とともにダブル閉店となってしまいました。 SSはたまたま画像を所有していただけで一度も行ったことはありませんが、このすぐ近くには「ジャスコ木更津店」があってそちらが盛況なのと、バイパス沿いにもさまざまな専門業種店が進出してきたため、このDマート木更津店から客足が遠のいてしまったものと思われます。 大手デパート「そごう」の経営破たんについては世間でかなり騒がれました。それに伴い、日本の街からかなりの数の「そごう」が姿を消しましたが、千葉県内からも3店舗がなくなってしまいました。とくに「木更津そごう」については、平成12年の秋ごろに閉店されると伝えられていながら、同年7月12日にいきなり閉鎖されてしまい、マスコミによって何度も取り上げられていたのでご存知の方も多いことと思われます。 それよりも前の平成12年2月29日、「茂原そごう」は千葉県内でもっとも早く閉店されてしまいました。SSは買物こそあまりしませんでしたが、喫茶店や四川飯店などのレストラン街はお気に入りだったので、よくお茶や食事に利用していました。だから、SSにとってはきわめて残念な閉店でしたが、全体的に客足がさっぱりだったところから推測すると、地元の方々にとっては別にあってもなくても構わないデパートだったと思われます。 「木更津そごう」にしてもそうですが、どうしてそごうは人口の少ない木更津や茂原に規模の大きな店舗を構えたのでしょうか?これは他の百貨店ではあまり例がないことで、大きな店を構えて数多くの商品を並べれば、客がどっと押し寄せるとでも考えていたのではないかと思わさせられます。バブルのころはそれでもよかったのかも知れませんが・・・。結局、茂原そごうは開店したのが平成2年3月7日だったので、わずか10年の営業期間だったわけで、なんのために茂原に出店させたのかよくわからないという結果に終ってしまいました。 「そごう」は、SSにとってもっとも身近でよく行くデパートでした。そればかりか、長期に渡ってバイトをしていたこともあるだけに、経営破たんと多数の店舗の閉鎖は残念でなりません。ちなみに、SSは今回のそごう問題の元凶とも言われている水島廣雄氏(現在では被告)をバイト中に見かけたこともあります。 平成13年6月の様子。1階のそごう売場外にある専門店が営業継続されているほか、同じく1階のそごう売場だった場所はギャラリーとして使用されているが、それ以外はほとんど空の状態。まだ新しく、これほどの規模の建物が空っぽとは、なんてもったいないことだろう・・・ |
[ 16] 業界の反応は……:「げ! マジで!?」――高速電脳の閉店に周辺ショップも絶句 - ITmedia +D PC USER
[引用サイト] http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/0801/31/news100.html
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同社のサイトには「1月31日木曜日は棚卸しのため、店舗および通販を休業とさせていただきます」と記載されているが、秋葉原の店舗前には代理人による告示書がはられ、店内には入れないようになっていた。告示書によれば、負債額がかさんだことで自己破産せざるを得ない状況と説明されている。 ある店員さんは「いきなりで驚きました。私も個人的に買い物をしていたショップなので、ショックです。安心できる優良店だったんですが……」と驚きを隠せない様子だった。 また、高速電脳にほど近いオリオスペックの店長も「高速電脳の店員さんとは交流があったのですが、悪いウワサは聞かなかった。本当に寂しい限りです」ともらす。 高速電脳がパーツショップ密集地から少し離れていることもあり、閉店の事実を知らなかった店員さんも多い。 あるショップのベテラン店員さんは「げ! マジで!? ……あそこは大丈夫だと思っていたのに。体を大きくして経営する店舗が多い中で、高速電脳は小さい体をキープして堅実に売っていく姿勢を貫いていたから、多少苦しくなっても生き残れると見ていました。いや、本当にショックですよ」と語る。 高速電脳の閉店を知った周辺ショップのスタッフたちは、初日ということもあって一様に驚きと落胆という反応ばかりだった。以前から閉店のウワサがあり、店を閉じた直後にも「ああ、やっぱり」という声が方々から聞こえたPC-Successとは対照的と言える。 実際、31日夕方の時点では、高速電脳の店舗前に人が集まる光景もなく、近づいて告示書を読まないと異変に気づかないほど静まりかえっていた。 秋葉原のパーツショップ「高速電脳」が突然閉店した。入り口は閉ざされ、貼られた告示書には1月31日付けで「事実上の倒産」の文字。 老舗のPCパーツショップで、パワーユーザーから絶大な支持を得ていた「高速電脳」が店舗を閉鎖、店頭の告知書には「事実上倒産」と記載されている。 ひとくくりにPCパーツショップといっても、胸の内に描くアキバの将来像は十人十色。ツートップ秋葉原本店は、PC業界の変化を認めつつも電気街の明るい未来を予想する。 PCパーツショップは現在もアキバの“看板”として君臨しているが、その一方で閉店する店舗が相次ぐなど、業界全体の縮小傾向は目に見えて加速している。この状況はいつまで続くのか。 世界的なヒットを飛ばすEee PCがついに日本でも発売された。とりあえずメモリを2Gバイトに増設して使うのがアキバのトレンドらしい。 いよいよソフマップタウンを始動させるソフマップに、アキバの展望を語ってもらった。その目には、より凝縮されたコアな街の姿が映っている。 8月のアキバは、LAOXザ・コンピュータ館の閉店とソフマップタウンの始動が注目を集め、電気街の大きな変化を予感させた。自作PC関連ではHDコンテンツを扱うパーツが好調。 一体成型のアルミ削りだしシャーシに漆塗りのキートップを採用したキーボードが登場する。指先に伝わるその質感は、官能的だ。 |
[ 17] 15分間で徐々に閉店ムードをつくる「閉店CD」 | エキサイトニュース
[引用サイト] http://www.excite.co.jp/News/bit/00091157928204.html
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蛍の光、窓の雪〜♪この音楽を耳にすると、いつも胸がキュンとする。「蛍の光」、もともとはスコットランド民謡の「別れのワルツ」という曲だが、あまりに「卒業」「別れ」イメージと直結しすぎているからだ。といっても、いまさらたいして卒業できるものも持ち合わせていない自分にとって、これはもはや「店との別れ=閉店」イメージ。デパートで油売って、買う予定もないモノをしつこく物色してるときに(迷惑な客)、容赦なく流れる「閉店」の知らせ。一つの祭りが終わったことを実感させる、悲しい音楽である。そんな「閉店音楽」を収録したCDがある。『閉店の音楽』(コロムビアミュージックエンタテインメント)。あまりにも、まんまのタイトルだ。ジャケットは、デパ地下か大型スーパーの野菜売り場で買い物する女性の写真。「割引シールはチェックしとけよ」と、ついいらぬことを考えてしまうが、ともかく閉店シーンである。売り文句として、「迷わず使えて、簡単・便利」「的確なナレーションが、閉店までの15分間をスマートに演出します」とある。つまり、わざわざ選曲とかしなくても、このCDをそのままかけるだけで、閉店の15分前から徐々に、やんわりと閉店ムードをつくってくれるわけだ。実際に聞いてみると、最初に、曲だけの「別れのワルツ」が流れ、次に2回繰り返しで「閉店予告ナレーション〜家路―『新世界より』―」。これは多くの学校で「下校時刻になりました」でおなじみの、やっぱり別れの曲である。そして、締めくくりは、もう一度蛍の光が、今度はナレーションつきで流れる。「閉店ナレーション〜別れのワルツ」だ。ちなみに、家路のほうの「閉店予告」ナレーションは、「本日は、ご来店いただきまして、ありがとうございます。間もなく、閉店の時間でございます。ご用命は、お早めにお願いいたします。ありがとうございました」。で、最後の「閉店」は、「本日は、ご来店いただきまして、誠にありがとうございました。本日の営業は、これをもちまして、終了させていただきます(以下略)」と、ちゃんと微妙に文が異なるあたり、芸が細かい。しかも、爽やかで明るい女性の声が、逆に悲しさ・余韻を感じさせる効果もある。実はうちの娘も、まだばぶばぶ言ってた赤ん坊時代から、「蛍の光」と「仰げば尊し」を聞くと、意味もわからず「ふぇ〜ん」と号泣したものだが、こうした「別れの音楽」がかきたてる寂しい感情というのは、人間のDNAにもともと組み込まれているのかもしれない。この「閉店の音楽」、一般家庭での使い道はあるのかと思うが、店の営業用に限らず、なかなか帰ってくれない来客や、うっとうしい相手の前で使うという手もありかもしれません。(田幸和歌子) エキサイトブログユーザーならブックマークレット機能を利用してこのページにトラックバックできます。 |
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